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東京高等裁判所 昭和39年(ラ)249号 決定

第二四九号事件抗告人 八洲いすゞモーター株式会社

第二五三号事件抗告人 豊玉タクシー株式会社

主文

原決定を取消す。

本件競落はこれを許さない。

理由

本件各抗告の理由は別紙記載のとおりである。

抗告人豊玉タクシー株式会社の抗告理由第一について。

本件競売申立書記載の所論抵当権設定登記の受付番号「壱六〇五壱号」が「弐六〇五壱号」の誤記にすぎないことは記録上明白であるから、本件競売手続が申立なくして開始されたとの所論は到底採用できない。

同第二について。

競売不動産についての賃貸借取調の方法についてこれらを定めた何らの法令の規定も存しないから、執行吏は相当の方法でさえあれば、適宜の方法によつてこれを取調べることができ、当該不動産の使用者自身につき直接調査しなかつたからといつて、必らずしも違法ではなく、記録編綴の賃貸借取調報告書によれば、本件不動産の賃貸借取調の方法は相当であると認められるから、所論は採用し得ない。

抗告人八洲いすゞモーター株式会社の抗告理由について。

記録によれば、別紙目録〈省略〉記載の(一)の土地は高崎立一の所有であり、同(二)及び(三)の建物は右(一)の地上にあり抗告人豊玉タクシー株式会社の所有であるところ、抗告人八洲いすゞモーター株式会社は昭和三十八年六月二十八日抗告人豊玉タクシー株式会社(当時の商号は新東京自動車株式会社)に対し一千万円を貸付け、同抗告人より右(二)及び(三)の建物につき、また担保提供者高崎立一より右(一)の土地につき、いずれも第二順位の抵当権の設定を受けたが、右貸金の弁済がなされないため右(一)ないし(三)の不動産に対する抵当権実行のため本件競売の申立をし、昭和三十九年四月十一日右(一)ないし(三)の不動産について同時に((二)(三)の建物については一括して)競売期日の公告がなされ、債権者である抗告人八洲いすゞモーター株式会社は同年五月十一日の競売期日に、右(一)の土地については代金九百三十万円で、(二)及び(三)の建物については代金千二百五十万円で競買の申出をしこれを競落したが、その後債務者である抗告人豊玉タクシー株式会社より、協立信用金庫に対する右(一)の土地に対する第一順位の抵当債務百八十万円及び右(二)、(三)の建物に対する第一順位の抵当債務二百万円はいずれも昭和三十八年九月十六日弁済又は相殺により消滅した旨の同信用金庫の証明書を添付し、債権者である抗告人八洲いすゞモーター株式会社の本件債権の元利金及び競売手続費用は前記(二)及び(三)の建物の競落代金千二百五十万円によつて償うに足りるから、売却すべき不動産として右(二)及び(三)の建物を指定する旨の申立がなされた結果、原裁判所は民事訴訟法第六百七十五条により(一)の土地の競落は不許可とし、(二)及び(三)の建物の競落のみを許可したものであることが認められる。

ところで、右の如く所有者を異にする土地及びその地上の建物が同時に競売に付され同一人がこれを競落した場合には、通常競落人は土地建物につき一体としての利用価値ないし交換価値に着目して競買の申出をしたものと推測できるのであるが、もしも建物のみが競落許可となり土地の競落は不許可となつたときは、競落人は競落した建物の使用収益につき安固な地位を取得することができず、建物の価値は土地と共に競落許可となつた場合に比し著しく低下することが明白であり、そのことは競落人の予期に反するものということができるから、右のような場合には、競落後建物のみの競落代金によつて債権額並びに競売手続費用を償うことができる事情が発生しても、不動産の任意競売にも準用されると解される民事訴訟法第六百七十五条の規定を適用して建物の競落のみを許可し土地の競落を不許可とすることは許されず、この場合には土地及び建物の双方の競落を不許可とし、新に建物のみについて競売を実施すべきものと解するのが相当である。

よつて右(二)、(三)の建物の競落を許可した原決定は競売法第三十二条民事訴訟法第六百七十二条第一号に違反するものというべきであるから、本件抗告は理由があり、原決定はこれを取消した上競落不許の決定をなすべきものと認め、主文のとおり決定する。

(裁判官 牛山要 今村三郎 川嵜義徳)

別紙

抗告人八洲いすゞモーター株式会社の抗告理由(一)(即時抗告申立書記載)

一、別紙物件目録記載(一)(二)(三)の土地及び建物に対する昭和三八年(ケ)第九九六号不動産競売事件につき、東京地方裁判所は昭和三八年一二月二〇日競売手続開始決定をなし、昭和三九年二月二五日及び同年四月一七日に夫々次の通り競売の公告をした。

(イ) 不動産の表示 別紙物件目録記載(一)(二)(三)の土地及び建物

(ロ) 賃貸借 別紙物件目録記載(一)(二)(三)の何れにもなし

(ハ) 最低競売価額 別紙物件目録記載(一)の土地金九三〇万円別紙物件目録記載(二)(三)の建物一括金一、二五〇万円

二、而して、抗告人は昭和三九年五月一一日の右競売期日において別紙物件目録記載(一)の土地に対し金九三〇万円、同土地上に存在する別紙物件目録記載(二)(三)の建物に対し金一、二五〇万円を以つて夫々競買申出をなし最高価競買人と定められたので所定の保証金二一八万円を納付したところ、同日債務者は、東京地方裁判所に対し債務者は協立信用金庫に対し昭和三五年九月五日付金銭消費貸借契約に基き金一八〇万円(別紙物件目録記載(一)の土地に対し昭和三六年二月一八日東京法務局練馬出張所受付第五〇四七号を以つて順位一番の抵当権設定登記)、及び昭和三五年一二月二六日付金銭消費貸借契約に基き金二〇〇万円(別紙物件目録記載(二)(三)の建物に対し昭和三六年一月二一日右同出張所受付第一四八三号を以つて順位一番の抵当権設定登記)、の各債務を負つていたが右各債務は昭和三八年九月一六日に全部弁済完了していたことを理由に売却物件を別紙目録記載(二)(三)の建物のみに指定する旨申立て、東京地方裁判所は昭和三九年五月一二日の競落期日において右競買申出のうち、別紙物件目録記載(二)(三)の建物に対する競落のみ許可し、別紙物件目録記載(一)の土地に対しては、右(二)(三)の建物の競落代金を以つて債権額及び競売手続費用を償うに足るとの理由でその競落は許可しないとの決定を言渡した。

三、然しながら、別紙物件目録記載(二)(三)の建物の最低競売価額のみで債権額及び競売手続費用を償い得たのであるとすれば、別紙物件目録記載(一)の土地は競売に付する必要がなかつたものであるに拘らず、本件競売手続においては別紙物件目録記載(一)(二)(三)の土地建物をすべて同時に競売すべきものとして公告し競売に付した違法がある。そしてこの違法は競落不許可となつた別紙物件目録記載(一)の土地に対する違法のみに止らず、競落許可となつた別紙物件目録記載(二)(三)にも次項所述の通り極めて重大なる影響を持つものである。

四、即ち、債務者豊玉タクシー株式会社所有に係る別紙物件目録記載(二)(三)の建物は、訴外高崎立一所有の別紙物件目録記載(一)の土地上に存在し、同土地使用の根拠は使用貸借契約にある(昭和三九年二月九日付執行吏代理相原忠夫作成の賃貸借取調報告書)。およそ土地及びその土地上の建物とが同一人の所有にある場合とそれぞれ別の人の所有に属する場合、或いは、土地及びその土地上の建物とを一括して所有するに至る場合と対抗力ある土地使用権を伴はざる建物のみを所有するに至る場合とではその利用価値や交換価値において多大の相異があることは言うまでもなく、本件競売目的物件たる土地及び建物は右の意味において密接不可分なる相関関係にあるに拘らず、本件公告は同時に競売すべきでない別紙物件目録記載(一)の土地まで同時に競売すべきものとして記載した違法な公告である。即ち、本件公告中に債権額の記載なく競売手続中等において特に「債権額及び手続費用の合計額を超える部分即ち別紙物件目録記載(一)の土地については競落は許さない」旨の注意警告がなされた事実等のないことゝ併せ考えれば、単に無用な記載があるというに止らず実に競買申出人をして公告に係る別紙物件目録記載(一)(二)(三)全部の土地及び建物を同時に競落しその所有権を取得しうるものの如き誤解を生ぜしめる有害な記載があつた訳であり、かかる事情の下において為された競落では競買申出人が別紙物件目録記載(二)(三)の建物のみの競落を欲するものではないことは明白であるからこれを許すべからざるものであつたに拘らず、(福岡高裁昭和二八年(ラ)第八三号同二九年四月一五日決定高等裁判所民事判例集七巻四号三七九頁、東京高裁昭和二九年(ラ)第五二六号五五四号同三〇年三月三一日決定東高民時報六巻四号六九頁)原裁判所は別紙物件目録(二)(三)のみにつき競落許可決定をなしたので同競落許可決定の取消及び不許可決定を求めるため本申立に及んだ次第である。

抗告人八洲いすゞモーター株式会社の抗告理由(二)(抗告理由追加申立記載)

一、本件競売事件の公告の記載は、既に述べた通り、抗告申立書添付物件目録(以下単に目録という)(一)(二)(三)の土地並びに建物を同時に競売する趣旨に解せられ、しかも、競売の目的たる不動産の登記簿によれば、本件競落代金によつて弁済されるべき債権は、競売申立債権金一、〇〇〇万円及びこれに対する利息並びに損害金の他、目録記載(一)の土地につき金一八〇万円、(二)(三)の建物につき金二〇〇万円の各先順位抵当債権、合計約一、五〇〇万円に達するから、(二)(三)の建物の最低競売価額金一、二五〇万円を以てしては同債権額並びに競売手続費用を償うことが出来ないことは極めて明らかであるので、抗告人は当然目録記載(一)(二)(三)の不動産を同時に競落出来るものと信じ、その競買申出をなしたものである。

二、従つて、抗告人の右競買申出は錯誤によるものであつて無効と言はなければならない。蓋し、「競売法による競売は、その手続全体から考察して、国家機関において目的物を換価する公法上の処分というべきであるが、その手続は一環をなす競買申出のみ抽出して考察すると、その実質は、私法上の売買における買受の申込となんら異らないから、競買申出行為は、公法上の行為たる性質を有すると同時に私法上の売買における買受申込の性質をも併有するものと解するのが相当である。従つて、意思表示の錯誤についての民法九五条の規定は競買申出に適用さるべきである。そして、競買申出が錯誤により無効であれば、右申出人を競落人と定めることは、競落不許可の事由たる民事訴訟法第六七二条第二号に該当するものというべきである。もつとも、同号は「最高価競買人売買契約を取結び若しくはその不動産を取得する能力なきこと」として競買人の行為能力ないし権利能力の面から競落不許の事由を規定するものであるが、右の各能力を欠くばあいと買受申出が意思の欠缺、錯誤による意思表示の無効等のばあいとを区別すべき合理的理由を見出しがたいから、同号は後者をも包含する法意と解するのが妥当である(広島高裁昭和三八年(ラ)第一〇号同年六月二八日決定下級民集一四巻六号一二九七頁)。」からである。

三、依つて、本件競落の許可決定を取消し不許可の決定を求めるため本件抗告をなした次第である。

抗告人豊玉タクシー株式会社の抗告理由

第一、競売開始決定の違法

本件競売は申立なき抵当権に付手続開始決定された競売である。

即ち申立書記載の競売の原因たる事実の二、のイ、第二行以下によれば申立抵当権は、「東京法務局練馬出張所昭和三十八年七月八日受付第壱六〇五壱号を以つて」その登記を了した抵当権であり、これについてその「実行をするため本申立をな」したものであることが明かである。

而して昭和三十八年十二月二十日付不動産競売手続開始決定によれば「右債権者は(中略)別紙表示の不動産の競売を申立てた。よつて、当裁判所は右不動産について競売手続を開始する」とある。

然るに債権者の申立目録記載(二)(三)の各物件につき債権者の登記を了しある抵当権はその登記簿謄本記載の通り「東京法務局練馬出張所昭和三十八年七月八日受付第弐六〇五壱号」を以つてせられあり「東京法務局練馬出張所昭和三十八年七月八日受付第壱六〇五壱号」を以つて登記せられた抵当権は存在せず、従つて本件競売手続開始決定は申立なくなされた決定である。

任意競売は競売法第二十四条に準用せられる民事訴訟法第六四三条による書類を添付して申立をまつて為されるのであるにもかかわらず、本件は申立なく為された違法の手続開始の決定であるから競売法第三二条に準用せられる民事訴訟法第六七二条第一号前段に該当するものである。

第二、賃貸借取調の違法

本件競売に関する賃貸借取調は権利者を故意に除外して為された違法の取調である。即ち本件競売においての賃貸借は競売法第二十四条に準用する民事訴訟法第六四三条第一項第五号の要項を同第三項による申請により東京地方裁判所が執行吏遅沢喜平に命令しその代理人相原忠夫が取調をなし昭和三十九年二月九日、その報告をなしているものである。

而してその取調はその報告書にも明らかな如く、土地所有者によりその陳述を得てその陳述のままを真実なりと認定し、その他には土地使用者である会社従業員某の陳述を得て認定の補助としているものである。

然し乍ら裁判所が執行吏になした命令は「賃貸借の期限、借賃の前払及び敷金の額」の取調であり、これを民事訴訟法第六四三条第一項第五号に見るに「賃貸借の期限、並びに借賃及び借賃の前払又は敷金の差入あるときは其額を証す可き証書」と定められている。

賃貸「借」の期限、「借」賃、「借」賃の前払、敷金の「差入」あるときは其の額を証す可き「証書」と定められていることはその文意よりして賃借人について取調を為すべきを期待することは勿論なるも「敷金の額を証すべき証書」はその敷金を差入れたる賃借人の保有する「預り証」等の他存することなく賃借人について取調るの他なきは物理法則よりするも当然である。

然るに本件の取調は土地上に建物が現存するにかかわらず単に土地所有者からのみ陳述を求めて賃借人と目せられる建物所有者には面接を求めていないことは、その取調が法意に反するものであることが明らかである。

又土地所有者が建物の所有会社の取締役であることを述べたことを附記するもその立場は利害相反することあるべくまたはたして使用会社の取締役として在職しているかどうかを確認もなさず単にその陳述として真実と速断することは暴挙たるをまぬがれないものである。

右の事実は競売法第二十四条に準用する民事訴訟法第六四三条の要項を欠き競売法第三十二条に準用する民事訴訟法第六七二条第一号前段に該当するものである。

その他本件競売には競売期日公告その他に幾多の違法が存在するものゝ如くであるから更に、記録を精査して申立を補充いたします。

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